集団生活(一部)再考・1、続。
ネトウヨであったということは差別で他人を傷つけてきたということだよ。 #脱ネトウヨ体験 というハッシュタグをつけて、洗脳されてた、なんらかのきっかけで嘘を見抜けた、まっとうになってよかった等とほっこりする前に、差別で傷つけた世界中の人たちに謝れ。恥じろ。
— 喜久山大貴 (@kikuyamahiroki) August 3, 2018
補)同意。
そして彼等は、こういう↑意見は、仲間内でほっこり一服たのしんでる最中は、三猿。
ちょっと落ち着いた後に、やっとそんな↑類の意見に気付き、
そこで初めて、己が二次加害した事実に気付く。
「後の祭感」を誤魔化す為に、逆ギレを周囲に押し通し続ける事に力を使う。
(既存テンプレの流れ説明)
自分にだけは甘すぎる人達のテンプレ流れによくありすぎる妙な事、
例えば、
加害者の御都合で”「なんでも」ゆるせ(w)”と被害者にだけ強引すぎるのが、
非常に腹が立ってる人多いんだよね。
もう我慢も限界だ、と。
雑魚敵で疲弊する日常を送る人は、最早、一触即発状態なんですよね。
ネット釣り師が好んで使う「対立キーワード」はこれからも覚えておきたい。
— 播磨谷拓巳/TakumiHarimaya (@takumiharimaya) July 14, 2018
(Hagexさんの著書を読み直し https://t.co/55LGwNf2Id #Amazon ) pic.twitter.com/FmHPrFkBOS
こういう言葉を自ら好んでよく使う、「某有名掲示板系」の人々って、
「アブナイ奴はネットから出すな」とやらが、「ネット作法」だと、
仲間内限定のおやくそくみたいなのがあるらしくて、
激しい一方的な思い込みがあるみたい。
自分達の何がどう悪いのか全然わかってない系。
一例:
・https://twitter.com/tekken8810/status/1014324282480943104(そうではない)
・https://twitter.com/Simon_Sin/status/1012588837330083840
・https://oreno-yuigon.hatenablog.com/entry/2018/06/25/210920(これはどうかと)
・https://twitter.com/kajiwataru/status/1022672294089576448
(コメ同意。
脇:「自分が嫌な事されるのは嫌だけど他人は平気で傷つける系(無自覚)」故。
一緒にされたくない類。)
テンプレ屁理屈の代表例としては、
・「俺ルールって史上最高」伝説(本人の脳内限定で)
・嫌なら来なければいい
・陰でこのノリが通じる仲間内限定でやってるから問題ない
等々、被害当事者にとっては屁理屈でしかない浅慮さからくる言い訳が、
「ネット作法」(←その屁理屈を使う側の人々のみの一部限定ルール)のルーツ。
仲間内で、ネト限定で、たのしんでるからいいでしょ、な勘違い。
何故そこは「ネット作法」でまとめられ済ませられるのかが、私には理解できない。
でも差別言動書きまくってるの、手動だよね?
リアルにいる人が書いてるよね?
実際に傷ついた人の傷も、バーチャルかゲームとしか思ってないという点が、
特に酷すぎる「ネット作法」とやらの、思い込み固定観念。
傷つけられた被害者にとっては、そんな理由で済まされる根拠がないんだが。
「ネット作法」共通認識達が勝手に認定する「アブナイ人」とやらをつくったのは
彼等の言動自体が問題あるんだという自覚がまだなさすぎてる事自体が大問題、
だと以前から言われてるんだが。
形骸的に「気を付ければいいんでしょ、気を付ければ(フンッ」と思いつつ
差別の認識を積み上げてきた人に、とてもありがちな失敗パターンでもある。
よくある事で済ませては決していけない。
形骸主義の失敗の本質。
何故なら形骸主義者は「注意されたから渋々やめてやった」程度しか芯は思っておらず、
「注意されなければやっていい」と自己本位で思い込んでる固定観念があるから。
失礼な態度していい奴には平気でやらかしていいという思い込みが在るから、
同じ(←でも本人は同じと思ってない)間違いを繰り返す。
己の誤った認識のせいで。
指摘されなければやっていいと勘違いしてる。
指摘の真意がわかってない。
だからいつまで経っても【何が差別か】が全然わかれてない。
形骸主義者は、例えば、
A・尊敬する人好きな人えらい人等、自分が好意的に思ってる人Aさんが
「虐めはダメ」と言うと、その人の周囲限定では言う事聞く。
けど、
B・陰で虐められてる被害者が「虐めはダメ」と同じ事を言っても
「へぇ?ナニ言ってんのコイツ?w」と鼻で嘲笑う。
因みに、自己中側の脳内では、何故かこの矛盾するAB2つの事実は
正しい事とされている。
「自分は好意的な人には犯罪行為の瞬間指摘されてないから」自分の言動は全て正しい、
と思い込めるらしい。
Aさんは何故、まだ「虐めはダメ」と言い続けてるんだろう?と
形骸主義者が自力で考えた時、
・(自分はAさんには指摘されてないから)Aさんが決めたルールを守ってる(と思ってる)
・まだAさんの言う事を聞いてない誰かがいるからだ、と何故か思い込める。
そこで周囲を見渡してみると、自分がとても仲のいい仲間内を攻撃してる人達がいる。
形骸主義者にとっては、そんな人達「敵」でしかないのだ。
敵と認定した時点で、揚げ足を取る目的の情報収集、仲間内で二次加害、
(Aさんの為に)敵達言う事聞けよ!
お前等が言う事聞いてないからダメなんだよ!
だから敵等はダメなんだよ!
等と、悉く敵視。
敵が、Aさんと同じく「虐めはダメ」と言おうもんなら、
何言ってんだ敵のくせに!俺の仲間達さんざ攻撃してただろ!
と逆ギレしたり、ものすごく上品に
「あの人達、悪事やってるしカンジワルイですよね…(ヒソヒソ」
と仲間内同士で印象操作。
等々の更に膨大な二次加害。
形骸主義者は、己が加害している自覚が全くないから困ってるんです。
(このような事を私は、自己中利己他責、と書き連ねてきました。)
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無能は死ね、って言われてすべてを失った無能扱いマンが無敵の人になるながれは社会の冷淡さの害の一つでしかなくて、社会から「無能」って扱われない為に不正に手を出す「無敵ではないし守りたいものもある人」がぽこじゃかでるのも忘れてはいけない。
— どっぺるP (@doppelP5) August 5, 2018
そうですね。
そこはわかってはいますが、
必死で今のままの状態を維持しようとしたがる
このままだったら大変都合がいい、ごくごくごく一部の人達と、
沢山の人々が群がってしがみついてるので、
既に共依存(無自覚)起こしてて、困ってるわけです。
既存の固定観念を現状維持するだけでは、何もいい方向に変わらなかった。
それどころかより悪くなった。
どうしましょうか。
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